猫パルボウイルスがサルに集団感染し出血性腸炎を引き起こした?

Vet Microbiol. 2009 Nov 24. [Epub ahead of print]

Isolation and characterization of feline panleukopenia virus from a diarrheic monkey.
Yang S, Wang S, Feng H, Zeng L, Xia Z, Zhang R, Zou X, Wang C, Liu Q, Xia X.

Institute of Military Veterinary Sciences, Academy of Military Medical Science, Changchun 130062, Jilin Province, China.

A feline panleukopenia virus (FPV) mutant, monkey/BJ-22/2008/CHN, was isolated from intestinal contents of a diarrheic monkey in Beijing, China. The virus was identified by morphology and physicochemical characteristics, and specific fragments were obtained by PCR using consensus primers of parvovirus and specific primers of FPV. Sequence of the full-length VP2 gene of the isolated FPV was determined and analyzed by comparison with reference FPV and canine parvovirus (CPV) isolates, showing high homology with FPV (98.75%) and CPV (98.15%). Phylogenetic analysis indicated that the isolated FPV formed a monophyletic branch in FPV cluster which differed from the other 11 FPV isolates from China and other countries. The isolated virus caused typical clinical symptoms of FPV in cats. This is the first report on isolation of FPV from a monkey.

 2008年6月に中国の研究用サル施設(アカゲザルカニクイザルを合計約2000頭飼育)において、出血性の腸炎が発生しました。一匹が発症した3週間後、同じビルで飼育している200頭(約70%)が同様の症状を起こしました。そのうち約50%が症状を呈してから3日から5日で死亡したそうです。そのサルから分離されたウイルスはなんと、ネコパルボウイルス(ネコ汎白血球減少症ウイルス(Feline Panleukopenia virus)ならびにイヌパルボウイルス2a型および2b型に近縁)だったという報告です。
 詰めが甘い論文で残念ながらVeterinary Microbiologyに発表していますが、もっとしっかりと調べれば(または大御所が執筆者に入っていれば?)、NatureやScienceにでも掲載されるべき興味深い内容だと思います。それほどのインパクトはある論文です。

 分離されたウイルスは、アフリカミドリザル由来のVero細胞やイヌ腎由来のDK細胞ではCPEを起こしませんが、ネコ肺由来のF81細胞ではCPEを起こすそうです。CPEは起こさずともアフリカミドリザル由来の細胞に感染するのかについては言及していません。FPVの受容体はトランスフェリン受容体なのですが、このウイルスがアカゲザルカニクイザル、そしてヒトのトランスフェリン受容体を使用できるのかたいへん興味があります。

 
 ご存知の方も多いかも知れませんが、イヌパルボウイルスは1978年に突然イヌに感染し、心筋炎などを誘発しました。その由来は未だに決着はついていませんが、野生のキツネ類からイヌに感染して広まったと考えられています。

 1978年に発見されたウイルスはCPV-2と呼ばれています。その後1979年にはこのCPV-2と抗原型が異なるCPV-2aが、1984年にはさらに新しい抗原型のCPV-2bがイヌに現れました。最初に発見されたCPV-2はすぐにこの世から消え、現在ではCPV-2aとCPV-2bが、また最近では新しい抗原型のCPV-2cが世界で分離されています。

 面白いことにCPV-2はイヌにしか感染しないのですが、CPV-2aおよびCPV-2bはネコにも感染します。
 現在、先進国においても一部のネコにイヌパルボウイルス(CPV-2aならびにPCV-2b)が感染していますが、ワクチンを接種していないベトナムにおいては、既に多くのネコがCPV-2aまたはCPV-2bに感染し、ネコパルボウイルスにはあまり感染していません。(これは我々が2000年にVirologyに発表しています)

Predominance of canine parvovirus (CPV) in unvaccinated cat populations and emergence of new antigenic types of CPVs in cats.
Ikeda Y, Mochizuki M, Naito R, Nakamura K, Miyazawa T, Mikami T, Takahashi E.
Virology. 2000 Dec 5;278(1):13-9.

 すなわち、イヌパルボウイルスがネコにどんどん感染するようになってきており、イヌパルボウイルスやネコパルボウイルスのように最初に発見された「種」の名前をウイルス名につけているのが意味がなくなってきています。

 ネコパルボウイルスは小さなDNAウイルスですが、わずかな変異により宿主域を変えていく性質があり、ウイルスの種間伝搬とその進化を研究する上で非常に興味深い研究対象であり、良いモデルを提供しています。今までネコパルボウイルス(ネコ汎白血球減少症ウイルスとイヌパルボウイルス)はネコ目の動物しか感染しないと考えられてきましたが、もし今回の論文が真実であれば、ちょっとした変異により霊長類にも感染しうることになります。
 にわかには信じられない研究結果ですが、ネコパルボウイルスが人獣共通感染症にもなりうる可能性を示した本研究は(ただし今回のウイルス、飼育員や研究者には感染していないようです。)、注目する必要があるかも知れません。